My Story

このページでは、少し個人的なお話をさせてください。

もしかすると不快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。

それでも、私がなぜ「アートを着たい」と思うようになったのかを、少しでもお伝えできたら嬉しいです。

私は高校3年生のとき、進路を意識し始めた頃に自律神経失調症になりました。

具体的には、尿意を我慢できなくなる症状が出てしまい、50分の授業をまともに受けることができませんでした。高校3年の後半は、ほとんどを保健室で過ごしていました。

通院の際も快速電車に乗ることができず、母に心配をかけてしまったことを今でもはっきりと覚えています。

当時は、このままでは大学にも行けず、就職もできず、社会と関わることはできないのではないかと本気で思っていました。

(今振り返ると、社会に出ることへの恐怖が、そのまま症状として現れていたのだと思います)

薬を飲みながらなんとか学校には通っていましたが、常にぼんやりとして意識もどこか遠くにあるような状態でした。

「このままではいけない」と思い、自分の人生を見つめ直す中で、【何かを生み出せる人間になりたい】と考えるようになりました。

そのとき、なぜかふと頭に浮かんだのがミケランジェロのピエタ像でした。

当時はアートに詳しかったわけでもなく、どこでその像を見たのかも覚えていません。

ですが、「彫刻家になれば、きっと普遍的なものを作れる」と直感的に思い、近所の美術予備校に見学に行き、そのまま通い始めました。

その後、大学に入るまでに三浪して本当に周りに迷惑をかけましたが、予備校に通って石膏デッサンや粘土での制作に真剣に向き合う日々を2年程過ごした時、気づけば自律神経失調症の症状は自然と消えていました。

大袈裟かもしれませんが、私にとっては「アートに救われた経験」だったのだと思います。

その後、美術大学に進学し、友人にも恵まれ、作品制作に没頭する充実した時間を過ごしました。卒業後は研究生としてさらに2年間制作を続けました。

研究生2年目の夏、父の病気が進行し、「これ以上の援助は難しいので、すぐに働いてほしい」と言われました。しかしそのとき、不思議と社会に出ることへの恐怖はまったくありませんでした。

きっとアートを通じた活動が、私と社会をつないでくれていたのだと思います。

その後、ご縁に恵まれてIT企業に就職し、仕事に没頭する日々を送りましたが、心のどこかにはずっと「アートと関わりたい」という想いが残っていました。

数年後、アートをモチーフにした刺繍シャツ「bruta(現在は活動休止)」を着てオーストラリアを旅していたときのことです。

現地の方に「とても素敵なシャツですね。ボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》ですよね。私も大好きです」と声をかけていただきました。


― 洋服をきっかけにアートの会話が生まれる ―

その体験に強く心を動かされ、「自分もアートをテーマにした洋服を作りたい」と思ったことが、OUR ARTを始めたきっかけです。

実際にアートをテーマにした洋服を作り、身に着けてみると、それは自分を鼓舞してくれるお守りのようでもあり、また他者とのコミュニケーションのきっかけにもなりました。

気づけば、私にとってアートを着ることは、手放せない存在になっていました。

大げさではなく、アートを身にまとうことで、自然と力が湧いてくるように感じています。

これが、私がアートを着る理由であり、OUR ARTを続けている原動力です。

アートに少しでも恩返しができればという想いで、日々アートに触れ、それを洋服として形にしています。

最後に、OUR ARTをご購入いただいた皆さまにも、「それぞれのアートを着る喜び」を見つけていただけたら、それ以上に嬉しいことはありません。

Ritsu Arai 

「ART → OUR ART